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2025年末になってブログを書き始めたきっかけ

この半年沈黙をして来たのは時代の流れが変わった、世知辛くなったと感じ、インバウンドや大阪万博

があり大阪は賑わってましたがイタリア製品を売り続けるかどうか自問自答の日々でした。

気がつけば私も48歳。来年には49歳と50歳まで王手がかかりました。半世紀近く生きてきて独立までさせてもらって、来年には

「10年目」のアニバーサリーになります。

そして起業前は大学時代のアパレルの販売時代から始まりました。

どこに行っても不採用。

ビームスさんの販売代行の会社様だけが「売上よりもお客様の為の販売をしたい」との想いを伝えさせて頂いて「採用」を頂きました。

販売はビームスさん、パルグループさん、UNIQLOさんとしましたが、一貫して大切にしていたのは、お客様のお話の傾聴でした。それこそ人柄を好いて下さり、お悩みを聞く代わりに序でに服を購入して頂いてきたような異質な販売員でした。

パルグループさんやUNIQLOさんではディスプレイを触らせてもらい、特にUNIQLOでは UNIQLOであってUNIQLOでないようなディスプレイをして売上に貢献出来ました。本部の方には好かれてなかったかも知れませんが。

専門学校で縫製やデザイン画、パターンを学んでいました。

その頃アルバイトをしていたお直し屋さんの紹介で、「モデストガヴァン」というスーツの職人集団のような会社に就職しました。

それこそアットリーニのスーツ

を解体してパタンナーさんや縫製の職人さんと研究したり。表舞台に出ることはなかったですが雑誌に掲載される度に嬉しかったのを覚えています。

そしてビームスさんのオリジナルの制作。一発勝負を賭けて私と職人さんとパタンナーさんが力を合わせて敬愛するカリスマバイヤーさんの審査に臨みました。何ミリのミスも許されない世界。

最後はほぼ一発で合格を頂き、記念に私も同じモデルを記念に残してますし、職人さんと酒盛りをして祝ったものです。

そこからレナウンの会社さんに行ってモンクレール

を解体しては研究してました。

常に私は縫製の職人さんやパタンナーさんと気が合い、どんどん職人気質になって行きました。

過労で倒れた後、また拾ってくれた洋服のお直し屋さんでは経理に人事に表舞台に出ない広報⁈をやってました。

私の驕りもあったかも知れませんがやはりカリスマバイヤーさんと同じ立場に一度きりの人生なりたくて起業しました。

そしてPitti Uomo

に参加出来たのは嬉しく光栄でした。聞くのと行くのは違うと心から思いました。少しでもカリスマバイヤーさんが見て来られた40年近くの片鱗を見せて頂いた気もしました。

ただ私も現場の職人さんらや販売はさせてもらってきましたが、無知でこのインポート業界入ったものですから輸入代理店業の方々がおられブランドを守っておられました。今でも助けられて販売しながら「定価」は設定されながら掛け率も言い値で設定されて営業しています。

なのでよく多くの社長さんが言う売上高とか社員数とか粗利がどうとか豪華な店舗より、

「私が出来ることは何か?」

を問い続けました。

そして今年が特に転機に感じてました。

イタリアでは毎月40万ないと生活出来ないほど物価高が続いているようです。イタリア同様、日本も女性総理になられ、日本も過渡期なのかなと感じています。

長く長くファッション雑誌

がトレンドを牽引して来られましたがそれも崩れました。画一的なファッションを好む日本が規範を失った瞬間でもあったと思います。

そしてPittiやイタリアのトレンドと日本のトレンドは違うんだとつくづく思いますが、今だと何でしょう…YouTube?著名な人に記事を書いてもらう?事で自ら個々にトレンドを発信するようにとなりました。

それにずっと疑問を抱いてきたのも確かです。それこそ、モデストガヴァンのように、カリスマバイヤーさんを唸らせる事、OKを頂く事で陽の目を浴びたものがYouTubeなどによくある「プロモーションを含みます」「案件」でありながら隠してステマを行なった方が売れてしまう時代。

ただそれもお客様にバレかけてきているような気もして。それこそGoogleマップのレビューを見ればわかると言いますか。それでも不動産屋さんや歯科などは「クチコミ1件しかしてないのに高評価」がたくさんのお店も増え、ちゃんと「対策」を打っておられるのでしょうね…。

それでも可視化されつつあるのかなとも思ってはいます。

アパレルは虚構性もあってこそ。

それがブランディング。

それは分かっていても可視化されていくのかなとも感じて。

半年沈黙をしていたのは、色んな人に迷惑かけない程度に可視化しよう、正直に発信していこう、それが長文になってもいい、たった1人の人にでも届いたなら嬉しいと思えるようになったのです。

短文で書く、またはルー大柴語で日本ならではの横文字で話すのが粋らしいのですが、それも取っ払って書いていこうかなと。

炎上マーケティングのYouTuberみたいになりたいとかではなく、アパレルでも取り入れるようになった「茶番劇」「台本ありき」の動画を発信するより私はやはりブログが今となっては古風ですが最適だと考えるようになりました。

総人口1%が好きなイタリアのファクトリーブランド。その1%の方に届けられるものを。ウェアが高くて手が届きにくいのなら小物店になっても構わない。何を販売するかより、イタリアやヨーロッパの文化を販売したいと考えるようになりました。

💬 ルー大柴語 Ver.

イタリアのウィンドをジャパニーズの皆様にデリバリーしたい。

もしポッシブルなら、ツーリストじゃなくビジネスでフィレンツェのポルチェリーノにミートしたい。

そして、フィレンツェのシンボルでもあるデルフィオーレ・カテドラルに、プロパーにグリーティングしたいと思っているんだ。

とよく分からない言葉を使うより

イタリアの風をお届けしたい、

可能なら観光じゃ決してなくビジネスでフィレンツェのポッチェリーノ

に会いたい。そしてフィレンツェの象徴でもある、デルフィオーレ大聖堂

にちゃんとご挨拶したいと思います。

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