『服にすべてを捧げた日々と、いま思う「装う」ということ』(写真は19歳〜23歳ぐらいのものです)– はじまりの一篇 –

はじめに
拝読いただき、誠にありがとうございます。
本日は少しだけ、私自身の歩んでまいりました「ファッションとの人生」について、
あらためて記してみたいと思い筆を取りました。
派手さも、華やかな功績もないかもしれません。
けれど、服というものに人生の多くを託し、時に救われ、時に向き合い続けてきた日々があります。
それは、誰かの役に立つような話ではないかもしれませんが、
この文章を通じて、「装う」ということの本質や意味が、ほんの少しでも伝われば幸いです。
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学生時代――服に“すべて”を捧げた頃
私が本格的にファッションと向き合うようになったのは、大学生の頃です。
それまで私は、受験と部活動(剣道)

にすべてを費やしており、
“オシャレ”や“自己表現”とは全く無縁の生活を送っておりました。
しかし家業を継ぐものと思われていた為猛反対を押し切って大学受験と進学、京都での一人暮らしを始め、ようやく自由が手に入った時、
その反動とも言えるように、服、ファッションに対する情熱が一気にあふれ出したのです。

当時の私は、1日1食、
バイト代のほとんどを家賃と光熱費以外はすべて服に注ぎ込んでおりました。
時間さえあれば街を歩き、古着屋からセレクトショップ、百貨店の売場や隠れ家的なショップまで、
とにかく“新しい服”と“新しい美意識”を求めて歩き続ける日々でございました。
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ガリガリだった頃、そしてユニセックスという選択
当時の私は非常に細く、今思えば病的に痩せていたのかもしれません。
体毛も薄く、髭もほとんど生えておらず、女性と間違われることも多々ございました。

そのため、サイズ的にはレディースの服を着ていた時期も。
とりわけ、モードブランドの中にはユニセックスで成立するものも多く、
真っ黒な装いでレディースのパンツを穿き、
“誰とも似ていない自分”を表現することに熱中していたのです。

それは、ある販売員の方の着こなしに感銘を受けたことがきっかけで、
その系統に強い敬意を抱いていたため、どうしても譲れない美学でもありました。
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モードから、ドレスラインへ
その後、私はインターナショナルギャラリービームスに異動を願っていたもののBEAMS Fに配属され、知らないノーザンプトンの靴、セントジョージクレバリーやナポリのシャツ、ルイジボレッリや、パンツのインコテックスに囲まれ、
当時はやはり、ドリスヴァンノッテンやヘムルートラングやダークビッケンバーグ、ラフシモンズなど“モードに身を置いていたかった”からに他なりません。

けれど、年齢を重ねる中で、徐々に惹かれていったのがビームスFで知ったクラシックやトラッドの世界です。
最初は少し“地味”に映ったそれらのスタイルも、
よく見ると、立体感・構造・色気・清潔感のすべてが、イタリア製品に宿っていると気づくようになりました。
そして、時を経てスーツの下請けの会社に入って改めてイタリアのスーツやニット、シャツが持つ“包容力”に魅了され、心を預けるようになりました。
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体型に対する想いと葛藤
私自身、学生時代は50kg台のガリガリの頃もございましたが、
コロナ禍では90kg Overまで体重が増えた時期もございます。
しかし、そんな私にとって「服」はいつも味方でいてくれた存在でした。
痩せていようと、太っていようと、
服を通して「明日を迎えよう」と思える力をもらってきました。
ですから、私にとって服とは、
明日への期待と、今日を戦うための希望そのものであると、
今でも強く思っております。
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日本のファッション業界とサイズの現実
この業界に長く携わる中で、私には一つ大きな疑問がございます。
それは、日本のバイイング(仕入れ)の現場があまりにも“細身信仰”に偏ってきたことです。
たしかに、46サイズを中心(展示会は48になりました)とした展開が商業的には安定しているように見えます。
しかし、現実にはそのサイズに入らない方が圧倒的に多いのが現場なのです。
お腹が出ていると「自己管理が甘い」と非難され、
二の腕が太いと「スーツが似合わない」と嘲笑される――
そんな空気の中で、“選べる服”がないまま、
黙ってファッションを諦めていった方々がどれほど多くいらっしゃることでしょう。
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Del Fioreでの決断とセレクトの哲学
私たちDel Fioreでは、
42・44サイズの仕入れをやめました。
必要以上の46サイズの展開も、現在は見直しております。
その代わり、50・52、そして場合によっては54サイズも視野に入れて展開しております。
シャツは43まで展開しております。
「体型が平均ではないから」と服を諦めてほしくない。
むしろ、その方にこそ似合う服を届けたい――それが私たちの想いです。
年齢と共に似合う服がある、モードを着ていた私と今の私では30年も経つと変わりますね。
